中国少数民族の一つに土家 (トゥチャ) 族があります。主に湖北・湖南の省境あたりの丘陵山岳地域に住み、人口は800万人ほど。中国のガッキーこと、栗子 (ロン・モンロウ) もトゥチャ出身、美女揃で有名です。先月出張で湖南省を訪れ、トゥチャ族の生活文化伝統に触れる機会がありましたので、皆様にご紹介したいと思います。 トゥチャ族は祖先と精霊及び自然を崇拝する念の篤 (あつ) い農耕民族で、女性たちが婚姻するに際して行う「奇習」で有名です。結婚する約半月前 (遅くとも数日前) から泣き始め、結婚式を泣き声マックスで迎えるのです。この風習は「哭嫁 (泣き嫁) 」と呼ばれ、嫁泣き歌のレパートリーも多彩なのだとか。歌える数の多さ、歌の見事さは、花嫁の評価に直結するそうです。
昔の婚姻は女性にとってつらいものでした。自分の知らないところで決められた好きでもない男性に嫁がされ、その家に縛り付けられて仕えさせられたのです。日常との断絶、愛する家族たちとの別れ。結婚の先は何も見えない暗黒です。日本でも「金襴緞子 (きんらんどんす) の帯しめながら、花嫁御寮はなぜ泣くのだろう」の童謡がありましたね。
「花嫁はなぜ泣くの?」。「きれいな花嫁衣装が嬉しくて」「本命と一緒になれた喜びに」とか、かつてのバブリー娘たちは言っていました。ホントにバカですね。写真一枚だけで海を越えてブラジルや満州に渡っていった女性たちの哀しさ…。それはまた女性のもつ根源的な強さでもあったことの理解がなくて、どうして女を生きていけるのでしょうか。
「哭嫁」は、本意ではない相手との夢も希望もない結婚生活を強いられた女性たちの「不憫な身の上」を訴える哀切な歌でした。しかし、いま山岳地帯の澄んだ空気に、天に届けと歌われるソプラノの、高く伸びやかな朗唱は美しい。嘆くだけでは人生は切り開かれません。天に哭 (こく) する絶唱には、運命に従いつつも強靭な女性たちのセンシュアリティを感じます。
哭天喊地 (こくてんかんち) 。天に泣き喚き、地に叫ぶ歌声は、夫や舅たちを震え上がらせて、嫁を大事にしなければの思いを肝に銘じさせたことでしょう。そう、女性の美しさに力があるのではなく、力があるからこそ美しいのです!