前稿で指摘したように、トランプ大統領は「相互関税」発動により、世界経済・貿易の秩序を大幅に塗り替え、景気後退に陥らせかねない危機を引き起こしました。一方で、物価の上昇、設備投資計画の抑制、雇用の見直しなど、世界経済に多大な影響が及ぶ懸念も耳には入っているのかもしれません。強引な手法に批判が集まり、世界中で米国との交渉に多くの労力が掛けられることになりました。
最も注目されるのは米中貿易協議が開始されたことです。5月10日、11日にはジュネーブで、米国側はベッセント財務長官とグリア通商代表部(USTR)代表、中国側は何立峰副首相が参加して協議が行われました。この結果、90日間の交渉期間を設定し、協議を継続することを合意しました。関税についても、米国は4月以降に相互関税として上乗せ発動した関税125%のうち、115%の適用を停止し、10%関税と合成麻薬対策に関連した20%の対中追加関税のみ継続、中国側は対米報復として4月以降に発動した関税のうち、10%を残して適用を停止することで合意しました。
相互関税の発表以降、緊張が深刻化し、貿易が事実上停止して、双方の経済に深刻なダメージとなることが懸念されていましたが、今回の合意により、こうした懸念がいったん小さくなることは金融市場にとってはプラスです。
米国では経済指標のうち、消費者信頼感指数や景況感指数といった先行き見通しを示す心理的な統計が大きく悪化する兆しが出ていました。中国でも、対米輸出が止まる影響から、在庫が膨らむことが懸念され、物価下落指数の低迷が長期化する兆しも見られました。こうした懸念が回避されるとの期待は高まります。
トランプ大統領は「多くの合意が見いだされた」と述べて進捗を強調し、中国も今回の協議を前向きな一歩として評価しています。しかし、具体的な合意の内容は明らかにされていません。協議期間は双方とも、4月以前に課した関税については維持するうえ、90日という限られた時間でどこまで米中間の溝を埋められるかは、見通せません。
金融市場では、楽観的なモメンタムがやや回復し、リスクを取って株を買う流れも戻りつつあります。しかし、最終的な合意や解決が見えているわけではなく、先行き不透明な状況は変わっていません。価格変動リスクには、慎重な姿勢を維持する必要があると考えています。