第28回 タイに見るたくましさ 28
バンコクに来て、初めて住んだ場所の駅前にも気になるひとりの物乞いの男性がいた。その人は手足が不自由だった。でも、その物乞いの男性は常に満面の笑みを誰にでも向けていた。だから私はいつしか、その笑顔に挨拶するようになってしまった。そうなってからは、お金を入れたら良いのか、入れる事の方が失礼になるのか? 複雑な思いに悩まされるようになった。夫とも話し、お金を入れるのは3回に1回にしよう、そして入れる時は小銭ではなく、少しまとまったお札にしよう、と。こちら側の気持ちの都合でのマイルールを作った。
そんなある日、在タイの長い日本人からこう聞かされた。「あの人達には元締めがいて、恵んでもらったお金は全て搾取される。だからいくらお金を入れたところで、あそこからは抜け出せない。さらには、お金を入れる人がいる限り、ああやって街に座らされる」と。また、「彼らはタイ人ではない可能性が高く、近隣のアジア諸国から連れてこられている」とも。その時から、私はお金を入れるのをやめるようにした。連れてこられ、見世物としてお金を恵まれ、さらにそれを搾取される、そのサイクルから抜けて欲しかったのだ。
その後私達はその土地を離れたが、引っ越した先の駅前にも、数人の物乞いはいた。私達はその誰にもお金を入れなくなっていた。新しい街に暮らして2年半が経ったある日、私は懐かしい笑顔と再会したのだ。そう、あの人懐っこい笑顔の、手足が不自由な男性の物乞いの人だ。私も驚いたが向こうも驚いていた。今度は幼児と一緒で、父子として座らされていた。
ある日、私はどんより重たい気分を抱えて1人で家路についていた。その日、駅前にはその親子のふりをさせられている物乞いの男性がいた。相変わらず屈託のない笑顔だった。私はもぞもぞとお札を取り出し、その男性の足元の、お弁当箱にそっと入れた。彼は笑顔をタテに何度もふって、私を見送ってくれた。重たかった気持ちが、彼に対するおセンチな同情の思いで満たされた。ちゃんとお札は搾取されずに、ポケットにしまえますように。そんな事を祈った。
そして私は駅と家の間にあるセブンイレブンに入った。店内を一回りして品物を手にレジへ向かうと、なんと、さっきの手足の不自由な男性がレジにいるではないか? 歩けないと思い込んでいた彼は器用に立って、この短時間にコンビニまで移動できていたのだった。子供にお菓子を手渡す彼を見て頬がゆるんだ。早速あのお金を使いにきたのだ。可笑しくなった。おセンチになった自分はおめでたい(笑)。「たくましいな」と感心した。私なんかが心配しなくとも、彼らはうまくやっているんだ、と安心した。たくましい、だからあの笑顔なんだと理解した。私が入れたお札は搾取されず、生かされた事も嬉しかった。
タイ人は仏教の教えを大切にしていて、タンブンすれば(来世でも)幸せが増えるという考え方があるのは知っていたが、この話をしたところ、ある日本人から、「物乞いは下級で施しを受けるという印象があるが、実は物乞いの人からしたら、タンブンさせてあげているというスタンス」なのだと聞いた。目から鱗の説明だったが、結局は誰かに何かをする行為というのは、所詮「自分の為」なのだな、と妙に納得したのだった。
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by hiroko 「結婚・離婚アドバイザー」
来タイ4年目! ライター、ラジオDJ、普段着物愛好家。着物をもっと身近なものにをモットーに、バンコクFM放送局J-channel、毎週月曜日Morning Kissには着物やゆかたで出演中。リクエスト、メッセージなど大歓迎です
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