コラム ヒーロー★インタビュー VOLUME 1 タイ国家警察 大佐 戸島国雄氏 -スマトラ沖津波編-

ヒーロー★インタビュー

VOLUME 1 タイ国家警察 大佐 戸島国雄氏 -スマトラ沖津波編-

日本人初のタイ警察大佐鑑識捜査の第一線で活躍中

タイ国家警察の科学捜査局に、タイ人警察官から厚い信頼を集めている日本人捜査官がいる。戸島国雄さん(68歳)は、警視庁で鑑識捜査官36年という鑑識のプロだ。タイへの関わりは今から14年前、JICAからタイ警察へ出向し、世界的にレベルが高い日本の鑑識捜査法をタイ警察官へ指導したことから始まる。その後任期を終え日本へ帰国したが、タイ警察からの強い要請を受け、定年退職後にJICAシニアボランティアとして再訪、今も現役で現場に立ち、事件捜査にあたりながら鑑識技術を伝授している。

 

戸島さんは日本人として初のタイ国家警察大佐(警視相当)という高待遇を受けている。過去に、三島由紀夫割腹事件・御巣鷹山日航機墜落事故・連合赤軍浅間山荘事件・オウム真理教上九一色村摘発現場など歴史に残る大事件や難事件を数多く担当してきた。それらで鑑識捜査官として警視総監賞を100以上も受賞してきた経歴から、警視総監直々の推薦状がタイ警察に送られたという。しかし、戸島さんがタイ警察官から信頼を得ているのは、現地捜査官とともに現場へ駆けつけ、鑑識技術を熱心に指導しながら検挙に貢献しているからだろう。

 

「タイに来たばかりの時は愕然としました。事件現場に急行しても、レスキュー隊が勝手に死体を動かしてしまっており、証拠品は運び去られた後、そこら中の人が手袋もせず素手でさわりまくる…。現場保存という概念がありませんでした」

 

根気のいることだが、現場の保存方法や鑑識写真の撮り方、他殺の見分け方など、鑑識の基本を一から伝授している。

 

「タイの鑑識捜査官を育てたい一心です」

 

と話す。

スマトラ島沖地震で遺体鑑識
必ず遺族の元へ…

2004年12月26日、インドネシアのスマトラ島北西沖でマグニチュード9レベルの強い地震が発生。タイでは南部のパンガーやプーケットなど6県が被害にあい、特にカオラックはタイ最大規模の犠牲者が出た。

 

地震発生直後に出動依頼を受け、カオラックへ急行し、遺体安置所となっている寺の境内へ入ると、すでに遺体が山となっている惨状だったという。

 

「乾期とはいえ日中は30℃を超えるまで気温は上がります。2~3日もすれば遺体の腐敗は進むし、高波にもまれて遺体の皮膚は傷だらけでした。数日後にはもう顔は判別できませんから遺体の写真は手術跡や刺青などを撮影しました。そして重要なのが指紋採取です」

 

タイ人は刺青をしている割合が高く、身元判明に繋がるケースもあり、さらにタイ国民は15歳以上はID登録で指紋がデータ化されていることが、早期に身元判明する重要な手がかりになったという。

 

「1日に約200体以上の遺体と向きあい指紋採取を進めていました。遺体の腐敗は凄まじく臭いも激しいものです。遺体からの感染症に注意が必要でマスクに防護服を着用し、ほとんど寝ずの作業でしたから顔や身体がパンパンに浮腫んでひどい状態で…。とにかく遺族の元へ帰れるよう力を尽くしたい、それだけでした」

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サイアムにあるタイ警察本部に戸島さんのオフィスがある

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猛暑の中、連日鑑識作業にあたる戸島さん

約2000人の遺体から指紋採取各国の鑑識班が驚いた独特の手法

鑑識という仕事柄、惨たらしい姿の遺体に動揺することは少ないという。しかし津波被害の現場は10日もすれば遺体は腐敗が進み変形し、指紋採取も1日で2~3体がやっと、さらに日数がたてば困難を極める。戸島さんは最後の手段として、遺体から指の皮を切り取り、それを自分の指に指サックのようにかぶせて指紋採取を続行した。

 

「遺体を傷つけることにタイ人から反感を買うこともあるかもしれない、と思ったが、あくまで身元判明のための手段で“日本式である"と言い、指紋採取を続けました。これは水死体などからの指紋採取に用いる方法です」

 

各国から派遣されてきた鑑識も、地震発生から10日もすると腐敗した遺体をどうしていいかわからず、オーストラリア、韓国、台湾、カナダなど、各国の鑑識班がこの手法を学び、指紋採取するようになったという。この独特の指紋採取で得られた情報で身元が確認できた遺体も多かったという。

 

「このときに鑑識には国境はないと実感しました。この手法をビデオに収めている外国鑑識班もいました。日本の鑑識技術が現場で生かされたのです」

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津波後のカオラックの様子。この漁村にはほとんど生存者がいなかった

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スマトラ沖地震での功績に対して贈られた感謝状の数々

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※本記事記載の情報は全てWOM Bangkok本誌掲載当時(2009年)のものです。あらかじめご了承ください。

「プロフィール」

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戸島国雄 とじまくにお 

タイ国家警察 大佐 (科学捜査局 鑑識課)

警視庁で鑑識一筋36年。95年に国際協力機構(JICA)派遣の5代目鑑識専門家としてタイ国家警察へ出向。98年任期を終え帰国。定年退職後、2002年からJICAシニアボランティアとしてタイ警察へ再び派遣。現在、タイでの事件解決・鑑識技術の継承に奔走する。

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